圧倒的な画力と、謎や伏線を散りばめて展開されることが多い藤本タツキ先生の作品。
初期作品では、どのような内容の漫画を描いていたのか気になる人も多いでしょう。
この記事では、漫画『藤本タツキ短編集17-21』に収録されている、短編漫画4作品のネタバレや解説・考察をまとめました。
記事を最後までご覧いただくと、藤本タツキ先生の漫画の傾向や原点が分かります。
長編作品『チェンソーマン』や『ファイアパンチ』を読んで、ほかの作品にも興味が湧いた人などは、ぜひチェックしてみてください。
漫画『藤本タツキ短編集17-21』とは、『チェンソーマン』や『ファイアパンチ』を描いている鬼才・藤本タツキ先生の初期作品(17歳〜21歳までに描いた漫画)が収録された短編集です。
同作の後編に『藤本タツキ短編集22-26』という短編集も発表されています。
前編の中でも『庭には二羽ニワトリがいた。』は、藤本タツキ先生の漫画賞初投稿作でありながら原点です。圧倒的なセンスを見せつける不思議なストーリーから、思わず目を離せなくなるでしょう。
『藤本タツキ短編集17-21』には、次の4作品が収録されています。
- 庭には二羽ニワトリがいた。
- 佐々木くんが銃弾止めた
- 恋は盲目
- シカク
順番にネタバレ・解説していきます。
①『庭には二羽ニワトリがいた。』のネタバレ・解説
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
まずは、『庭には二羽ニワトリがいた。』をご紹介します。
主な登場人物を紹介
- 陽平(ようへい)
- ユウト
- アミ
陽平(ようへい)
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
落ち着いた言動と考え方で、幼なじみから好意を持たれている。
人間には友好的で、ほかの宇宙人たちから食べられないように人間を逃がしていた。
ユウト
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
学校で出会ったアミを守るため、ニワトリに仮装することを提案した。
一方で、アミには本当の正体を隠している。
アミ
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
宇宙人に襲撃される前は、クラスの出し物で演劇の主人公をするはずだった。
『庭には二羽ニワトリがいた。』のネタバレ紹介
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
地球で人間と変わらない生活を送る宇宙人の少年・陽平は、学校で飼育係をしています。
飼育小屋で飼っているニワトリ2匹に与える餌は、トウモロコシやおにぎりです。
ある朝、陽平は幼なじみの萌美(もえみ)と一緒に飼育小屋へ向かうと、ニワトリに手渡しでトウモロコシを与えます。
陽介が差し出した餌を手で受け取ったニワトリが、ぎこちなく「こ、コケコッコー」と鳴き声を上げると、2人は飼育小屋を後にしました。
2羽のニワトリ
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
ニワトリの正体は、『ニワトリの被り物』を被った人間です。
2019年に宇宙人と戦争を始めた人類は敗北。宇宙人にとって捕食対象だった人間は食べられ尽くし、ニワトリに扮したユウトとアミは『飼われる』ことで生きていました。
運よく、宇宙人は生き物の区別を大雑把に顔だけで判別していて、2人は人間だとバレなかったのです。
加えて、宇宙人にはニワトリを食べる文化がなかったことも幸いしていました。
食文化の違い
教室で過ごしていた陽平は、友人から滅んだはずの人間がまだ生きていて、宇宙人から匿われているという話を聞きます。
人間を保護する宇宙人に対して「馬鹿」と一蹴した友人に対し、陽平は「一方的に人間を殺す僕らはひどくないのかな…。どう思う?」と問いかけました。
陽平たちの会話を聞いていた萌見が口を挟みます。
「人間だって牛とか豚を食べていたのよ!それと同じよ!」
食文化の違いに大きな差があり、一般的に人間と宇宙人は相容れない関係のようです。
助けたい
放課後、飼育小屋に向かった陽平はニワトリたちの話し声を聞き、2匹が正体を隠した人間だったことを知ります。
「…君たち人間だよね」
ユウトの肩を掴んで問いただす陽平。2人の怯える様子に気が付き、食べる気はなく助けたいのだと打ち明けます。
ユウトは意を決して「助ける気があるなら、ここに来て餌をくれればいい」と声を発しました。
一方で、陽平には2人を助けたい『別の理由』があったのです。
ニワトリも猫も食べる
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
実は、陽平のクラスに『ニワトリを食べる文化がある転校生』がやって来ました。
帰りの会で自己紹介を終えた転校生に、学校でニワトリを飼っていることを教えたクラスメイト。
何気ない一言でしたが、ニワトリが大好きな転校生の『トリガー』を引いて暴走させます。
教室の窓ガラスを割って巨体に『変形』した転校生が向かう先は、もちろん飼育小屋です。
陽平の機転で、ニワトリの被り物に猫耳を偽装したユウトたちは、呆気なく転校生に捕まりました。
なんと、転校生には『猫を食べる文化』も当たり前だったのです。
陽平の正体
変形した陽平が転校生を撃沈させて、アミたちを助けると、飼育小屋にクラスメイトたちが駆けつけます。
被り物が外れた今のアミは『完全に人間の姿』です。
『おいしそうな人間』を目の当たりにしたクラスメイトたちが暴走する前に、2人を抱えて逃げ出した陽平。
これまで、陽平が山に匿っていた人間の生き残りと合流するため、道路を駆け抜けて目の前の山を目指します。
しかし、陽平の必死な姿は報われず、宇宙人の人間に行く手を阻まれて、そのまま命を落としました。
アミとユウトの出会い
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
警察の処刑を受けて命を落とした陽平と、血を流して横たわるユウト。
アミはユウトに「一緒に山へ逃げよう」と声をかけますが、ユウトは瀕死の状態です。
場面は変わって半年前…。
宇宙人が学校に襲撃をしたとき、演劇の練習をしていたクラスメイトが、1人の宇宙人に殺される様子を体育館で見ていたアミ。
最後に生き残ったアミは、宇宙人に向かってニワトリの被り物を放り投げると、「なんで殺したの?なんで私たちを食べたの?」と聞きます。
戸惑う宇宙人は「人間が牛や豚を食べることと同じ」と答えました。
「じゃああなたは同じ理屈で食べられていいの!?」
アミの問いかけに答えられず、『自分がもし同じ立場だったら』という疑問を持った宇宙人は、アミを殺さず意識を失わせます。自分もアミと同じ立場になるためニワトリの被り物を被り、人間・ユウトを演じることにしました。
そして、一緒に過ごすうちにアミが弱い存在で、守らなければならないのだと宇宙人は気付いたのです。
庭には二羽ニワトリがいた
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
場面は現実に戻り…。
アミに迫った警察の大きな拳を片手で軽々と止めたユウトは、ニワトリの被り物を破損。隠していた宇宙人の素顔を晒します。
「アミが大きくなっておいしくなったら食べようと思ったけど、いま食べることにするよ」
ユウトの姿が、宇宙人襲撃の日に出会った『あの宇宙人』だと気が付いたアミは、グッと言葉を飲み込み、山の方へと逃げて行きました。
宇宙人は変形すると、アミの未来を守るために警察に立ちはだかります。
その後、アミは無事に山奥で生き残っていた人間たちと合流しましたが、宇宙人相手に地球を取り戻すことは叶わず…本当に人類は滅亡しました。
しかし、人類が滅びる前に宇宙人と人間が手を取り合って生きていた時間、庭には二羽ニワトリがいたことは紛れもない事実です。
『庭には二羽ニワトリがいた。』の考察・解説
『庭には二羽ニワトリがいた。』では、次のようなポイントが考えさせられます。
- 食文化に対する理解
- 人間も宇宙人も見た目を重視する
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
まず、人間が牛や豚、ニワトリを食べることを批判的に捉えていた宇宙人と、ニワトリは食べないけれど人間は食べる宇宙人。
お互いに歩み寄れない食文化を持ち、戦争に発展しました。
陽平は、人間が高い知能を持っているから、殺したり食べたりすることに躊躇う気持ちがある様子が描かれています。
友人は「考えたこともなかった…」と驚いた顔です。
自分の中の常識を疑わないことが、争いを生むのだというメッセージを感じさせますね。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/庭には二羽ニワトリがいた。』より
また、宇宙人が『顔』で生き物を判別しているように、アミはユウトの正体が宇宙人だと気付いた途端に逃げ出しました。
アミと姿形は違っても歩み寄ろうとした宇宙人に対し、アミは宇宙人(ユウト)と過ごした時間よりも見た目を重視して過ごしていたことが伝わってきます。
宇宙人が放った「いま食べることにするよ」という言葉は、アミを逃すために突き放した言葉です。
なぜアミが宇宙人の本心を察せなかったのかは、『見た目』の効果が作用してしまったのではないでしょうか。
②『佐々木くんが銃弾止めた』のネタバレ・解説
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
続いては、『佐々木くんが銃弾止めた』をご紹介します。
主な登場人物を紹介
- 佐々木(ささき)
- 川口(かわぐち)先生
- 桑野(くわの)
佐々木(ささき)
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
宇宙飛行士だった父を幼い頃に亡くしている。
将来の夢は、宇宙飛行士になって月面着陸を果たし、いるかもしれない父を月で探すこと。
川口(かわぐち)先生
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
過去に桑野を振ったことがきっかけで、復讐されそうになる。
桑野(くわの)
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
川口先生に復讐することが目的だった。
学生時代は『勝ち組』だったが、川口先生に告白して振られたことがきっかけで、その後の人生がめちゃくちゃになったと思い込んでいる。
『佐々木くんが銃弾止めた』のネタバレ紹介
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
男子学生・佐々木は、憧れの川口先生と一緒に過ごすため、春休みの補習に自主参加をしていました。
何をしていても川口先生のことが頭から離れない佐々木。彼にとって川口先生は神様でした。
女神のような川口先生を目の前にすると勉強に集中できず、授業中は『神話に関する本』を広げながら川口先生を熱い視線で見つめます。
そこへ突然、銃を持った不審な男がやってきて教室の天井に発砲し、授業を中断させました。
混乱して騒ぐ生徒たちを静かにさせるため、もう一発発砲した男は、川口先生に向かって根も葉もない恨み言を並べます。
「お前にフラれたせいで!!全部落ちぶれちまったんだよォオ!!」
男は川口先生の同級生で、高校時代に東大合格も余裕の成績だったにもかかわらず、川口先生に告白してフラれたことで、人生がめちゃくちゃになったのだと叫びました。
川口先生のピンチ
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
男が『桑野』という同級生であることを思い出した川口先生は、桑野に「自分には何をしてもいいけど、生徒たちには危害を加えないで」と涙目で訴えます。
『何をしてもいいけど』という言葉に驚いたのは、桑野だけではなく生徒や佐々木も同じでした。
桑野は本能のままに、川口先生に「抱かせろ」と要求。
川口先生は恐怖と羞恥心を堪えながら、生徒たちを守るため桑野の要求に従うことに。
しかし、佐々木は黙っていられません。
「いきなり来てなんだよ!!川口先生をオマエなんかに汚させるかよオ!!」
佐々木は何としてでも、川口先生が桑野に抱かれることを阻止しなければならないと感じました。
キレた桑野は佐々木に銃口を向けます。一方、佐々木は不思議と落ち着いていて、時間がゆっくりと流れているように感じました。
そして、思い出すのは『なぜ川口先生が神様だと考えるようになったのか』ということです。
可能性にゼロはない
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
場面は変わり、佐々木が川口先生に進路相談をしていたときのこと…。
当時、佐々木は進路調査を提出できないでいました。夢を馬鹿にされたくなかったからです。
佐々木の夢は、宇宙飛行士になって月面着陸を果たすことでした。
亡くなった父が宇宙飛行士で、幼い頃よく聞いていた「俺は死んだら月に行く」という父の言葉を確かめに月を目指したかったのです。
とはいえ 、佐々木の夢の話は笑われてばかり。
実際に見たわけでもないのに、『父親が月にいるはずがない』と決めつける者たちを見返すため、佐々木は夢を叶える決心をしていました。
「先生ね、実は神様なんだ!」
佐々木の話を黙って聞いていた川口先生は、少し考えて『信じられない発言』をします。
一瞬、佐々木は川口先生に馬鹿にされたのだと感じましたが、発言の真意は別です。
「佐々木くんと言っていることは同じだよ。その人の本当でも、ほかの人は常識と比べちゃうんだよ」
川口先生は、0%という確率はこの世界にないことや、誰もが小さな確率を面倒だから0%にしていることを佐々木に説明し、佐々木の夢を後押ししました。
このやりとりこそが、佐々木に川口先生を神様だと思わせるのに十分な出来事だったのです。
佐々木くんが銃弾止めた
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
場面は現実に戻り、桑野は銃を佐々木に向かって発砲。
見えないほど速いはずの銃弾は佐々木には止まって見え、伸ばした手で銃弾を掴みました。
「佐々木くんが銃弾止めた」
佐々木の手の平にある銃弾を見たクラスメイトは困惑。
桑野もありえない光景に取り乱します。
銃弾を止めても、佐々木にはまだ『止めなければならないこと』がありました。
それは、川口先生が桑野に抱かれるという可能性です。
佐々木は一か八か、銃弾の軌道が読めたのは自分が未来人だからだと演技をします。
「常識的に…そんなはず…」
「佐々木くんが銃弾止めた」
自分の中の常識が生徒の一言で覆り、佐々木を未来人だと信じた桑野。
佐々木に、これから自分はどうなってしまうのかを問いかけます。
『自分の将来の悲惨さ』を疑わない桑野に対し、『再起する可能性が低い』と決めつけているのだと察した佐々木は、『あるかもしれない桑野の未来』を予言しました。
刑務所で10年過ごして出所した後、獄中での勉強が身を結んで東大に合格、それから素敵な出会いを経て結婚。不幸は今だけだ…と。
「絶対ありえない…」と涙を零す桑野。
「絶対ありえない!?知ったかぶるなよ!!未来なんて見たこともないくせに!!」
力強い佐々木の言葉に、桑野は川口先生を抱くことを諦め、刑務所で勉強することにするのでした。
銃弾でも何でも止めてやる
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
20年後、佐々木は月面着陸を果たし、月面で地球にいる川口先生と他愛のない会話をしていました。
月に佐々木の父がいなかったこと、佐々木が学生時代に銃弾を止めたこと。
勉強をしていく中で、銃弾を手で止めることは物理的に考えて無理だと理解しても、実際に起こった奇跡。
佐々木はその奇跡が『川口先生のすごい力』で起こったのだと、川口先生は神様だと今も信じていました。
得意げに笑う電話越しの川口先生に、佐々木は「バカにしてます?」と少し怒りながら、目の前に見える大きな惑星に向かって手をかざします。
「あのときだって今だって、銃弾くらい止めてやりますよ」
佐々木は0%ではない可能性を信じ、惑星を止めようとしていました。
惑星の正体が地球だったのか、大きな隕石だったのか、この時点では佐々木しか知りません。
『佐々木くんが銃弾止めた』の考察
『佐々木くんが銃弾止めた』は、可能性に対する考え方が殺人衝動を巻き起こしたり、夢を実現させる原動力になったりすることを教えてくれる作品といえます。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/佐々木くんが銃弾止めた』より
桑野は自分がこのまま落ちぶれていき、明るい未来が待っている可能性を0%だと思い込むことで、復讐者になりました。
一方の佐々木は、父が月にいる可能性を信じて宇宙飛行士になる夢を実現しています。
桑野のその後は描かれていませんが、佐々木が示した可能性の話と、そう遠くない人生を歩んでいることでしょう。
また、藤本タツキ先生の代表作の1つ『ルックバック』でも、登場人物が『思い込み』で殺人事件を起こす展開が描かれました。
そういった展開のルーツは、こちらの作品から生まれたのでは…?とも考えられそうです。
③『恋は盲目』のネタバレ・解説
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
続いては、『恋は盲目』をご紹介します。
主な登場人物を紹介
- 伊吹(いぶき)
- 鴻巣(こうのす)ユリ
- 刃物男
- 宇宙人
伊吹(いぶき)
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
ユリに片思いしている。
海外の大学に進学するため、後悔しないようユリに想いを告げようとしていた。
鴻巣(こうのす)ユリ
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
伊吹のことをとても信頼している。伊吹とは両想いのようだが、気付いていない。
刃物男
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
伊吹がユリに一世一代の告白をする場に居合わせる。
宇宙人
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
地球を壊す前に人間の反論を聞くため、地上に降りたが、伊吹がユリに一世一代の告白をする場に居合わせる。
『恋は盲目』のネタバレ紹介
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より400
高校卒業を明日に控えた伊吹には、どうしても想いを伝えたい相手がいました。
それは、生徒会長の自分を支えてくれた役員・ユリです。
片思いのまま終わらせたくない伊吹は放課後、ユリを呼び出して一緒に帰る約束を取り付けます。
「今日はいい天気だし、外は心地よい…!2人で帰宅しないか!?」
緊張で力んだ伊吹は気付くはずもありません。天気は最悪で、土砂降りの雨が降っていることに。
そして、大雨に気付いていなかったのは頬を赤く染めたユリも同じでした。
「おっ…押忍!!お供します!!」
2人は熱い想いを胸に、走って帰ろうと靴箱へ向かいます。
ポン。
後ろから先生に肩を叩かれて帰宅を引き止められた伊吹。
なんと、先生は生徒会長である伊吹に卒業式の準備を任せたいから居残ってほしい、と言い出したのです。
覚悟を決めた伊吹は先生に逆らいます。
「今はそれどころではないのです…!俺は帰宅します」
その表情は瞳に炎を灯し、伊吹の何らかの決意を感じ取った先生は一瞬言葉を詰まらせ、2人が帰宅する後ろ姿を見送ることに。
雨にも気付かず
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
外に出るまで雨が降っていることに気付かなかった2人は、適当な軒下に入って雨から避難しました。
伊吹はこれから海外の大学に進学して、ユリとは簡単に会えなくなることや、自身の人望がなく役員が集まらなかった2人きりの生徒会を、ユリが支えてくれたことへの感謝を述べます。
言葉にすることで、自分の存在がユリなしではいられないのだと気付いた伊吹。
「とどのつまり俺は…要するに…言わば…これから1人で頑張らなくてはね!!」
ほぼ告白のような言葉を並べていても、肝心の核心に迫る言葉はなかなか口にできず…。伊吹は、自分が恋愛に臆病だったことにも気付くのでした。
刃物男が現れても
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
「違う!!」と自分を叱責した伊吹が、意を決してユリに想いを伝えようとしたときでした。
ポン。
再び何者かに肩を叩かれて、告白を邪魔されます。
「おい、金だせよ。カネッ!」
刃物を持った男(以下、刃物男)に迫られた2人。
ユリは刃物男に、学校に財布の持ち込みは禁止されているから持っていない、と伝えると、驚いた刃物男は沈黙し、雨の音だけが周囲に激しく響き渡ります。
ユリと刃物男の会話の後、伊吹は自分の学ランを脱いでシャツとパンツだけになると、刃物男に差し出しました。状況が飲み込めないユリは赤面し、刃物男は意図が読めない伊吹に驚き口が半開きです。
「これは学ランです。売ってお金にしてください。今、俺はそれどころではないのです」
刃物男の存在に臆さず、ユリと向き合った伊吹は唇を噛みしめながら、何とかユリへの想いを言葉にしようと紡ぎます。
「俺は…ユリ君が…!ユッ…ユリ君のことが…!!クソ!!言わなくてはいけないのに…!!」
伊吹が言葉を詰まらせている間、ユリと刃物男は伊吹の背後で恐ろしい光景を目にしていました…。
宇宙人が現れても
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
「今しか言えないことなんだ…!俺は…そう!」
ポン…。
またしても伊吹は何者かに肩を叩かれて告白を邪魔されます。
振り返った伊吹の肩を叩いたのは、恐ろしい形相をした宇宙人です。
「地球の軌道上にでっかい高速道路を作るから地球を壊すんだ
。一応、反論とかあったら聞くだけ聞いとこうと思ってね!」
今が告白のタイミングだと感じた伊吹は、宇宙人に反論するわけではなく、やはり決め台詞のように答えるのでした。
「俺は…今…!それどころではないんですっ…」
しかし、ここでは冷静だったユリ。
伊吹の両肩を掴むと、「いまっ…それどころですよ…!」と訴えかけます。
地球に危機が訪れようと
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
ユリからの突然のボディータッチに驚きつつも、伊吹の決心は揺らぎませんでした。
人生の中で、絶対にタイミングを逃せない『やるべきこと』が1つあるとするならば、伊吹には今しかないのです。
「アイツが地球を壊すとしても!!俺は今ッ!!今なんだ!!俺は今!告白をするんだ!それどころではないんだ!!」
そこで、宇宙人と刃物男は伊吹がユリに何を伝えたかったのかを察します。
鈍感なユリは伊吹に、誰に告白をするのかを問いただすと…。
「ユリ君にだが…」
伊吹の気持ちに気が付いたユリは、思わず「あっ」と声を漏らします。
思いも寄らなかった展開で想いがバレた伊吹は、赤面しながら必死に想いを伝えました。
「すっ好きだ…好きです!!付き合ってください!!」
その場にいた誰もが頬を染め、伊吹の顔を凝視するのでした。
恋は盲目
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
人間の恋愛事情を垣間見た宇宙人は、地球を壊さずに船へ。
一方の刃物男は伊吹に120円を差し出し、ジュースを買うように伝えて、その場を後にしました。
自動販売機でジュースを買った伊吹はルーレットが当たり、追加でもう1本ジュースをゲット。
事態が落ち着き冷静になると、告白に精一杯で何も目に入らなかったことを反省します。
ユリは「そこが会長の美点だと思います」と励ましました。
励ましを素直に受け止め、「今日はツイてる日だ」と感じた伊吹。
その姿は、ユリと手を繋ぎ、シャツとパンツしか着ていませんでした。
『恋は盲目』の考察・解説
『伝えたいことは、早く伝えたほうが後悔せずに済む』というメッセージを感じられる展開が多く描かれていました。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
伊吹の告白を邪魔した数々の展開は、伊吹が早くユリに告白をしていれば起こることもなかったでしょう。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
また、生徒会役員が2人しかいなかった、というのは現実的に考えてあり得ない展開です。
伊吹は「人望がなかったから役員が集まらなかった」という旨の発言をしていましたが、果たしてそうでしょうか。
そもそも、生徒会長になる人物は人望がなければ当選しません。
もしかしたら、伊吹もユリもお互いの存在を意識しすぎて、周りの存在が視線に入っていなかった…という可能性もありそうです。
その時点で、二人の恋の物語が始まっていたのかもしれませんね!
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/恋は盲目』より
そして、学ランを不審者に渡したまま帰宅した伊吹は、翌日の卒業式をどのように乗り切ったのか気になるところ。
最後まで『恋は盲目』な姿を貫いていました。
盲目を通り越しているレベル
④『シカク』のネタバレ・解説
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
続いては、『シカク』をご紹介します。
主な登場人物を紹介
- シカク
- ユゲル
シカク
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
指名手配されている。
幼い頃から生き物の『痛み』に対して鈍感で、両親に愛されなかった。
ユゲル
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
死にたくなるほど退屈で、自分を殺してくれそうなシカクを雇ったが失敗に終わった。
『シカク』のネタバレ紹介
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
その少女は幼い頃、クモの足をちぎって遊ぶのが好きでした。
少女の姿を気味悪がった両親の会話を聞いていた少女は、「クモをちぎるのはやめて、トンボをちぎればいいのね?ごめんなさい!」と無邪気に謝ります。
少女の母は少女を「わからず屋」といいながら何度も殴りました。
「人を殴ることはいけないことじゃないの…?」
少女の問いかけで、さらに頭に血を昇らせた母親は激しく罵りながら少女を殴ります。父は見ているだけで少女を助けず、少女は謝っても許してもらえないことが、ただ疑問でした。
殺し屋シカク
10年後、少女は『シカク』と名乗り殺し屋をしていました。
ある日、殺しの依頼をした『ユゲル』という男性がいる高層ビルに向かったシカクは、ユゲルから本当に『殺し屋シカク』なのか証拠を見せてほしい、と頼まれます。
まだ幼さを残す姿と陽気な話し方で疑われることが多いシカクは、ユゲルの元まで来る途中に殺した警備員たちの右目をくり抜き、ポケットから取り出しました。
シカクの腕前を確認したユゲルは、早速本題に移ります。
「1億やる。俺を殺してみろ」
いつもは1,000万円で依頼を受けていたシカク。ユゲルの依頼に動揺することもなく、「いいよ」と返事をすると、ユゲルの額に向かって勢いよく刃物を投げました。
不死身のユゲル
額に刃物が刺さったユゲルは、血を滴らせながら起き上がります。
さらに散弾銃でユゲルの頭を吹き飛ばしたシカクは、驚きを隠せません。
なぜなら、頭部を失った首からニョロニョロと身体が再生し始め、ユゲルの顔が元どおりになったからです。
「なんで生きているの?」
「…俺が吸血鬼だからだよ」
吸血鬼の存在に驚くシカクとは対照的に、ユゲルはシカクの殺しでも死ねなかった自分に失望し、落ち込みます。
少し痛い思いをしただけだった…と小言を漏らすユゲル。シカクはユゲルに謝ります。
シカクの謝罪の言葉を聞いて少し間を置いたユゲルは、「少しだけ面白かったし、許すよ」とシカクの行為を受け入れるのでした。
孤独の共感
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
『許し』を初めて人から得られたシカクは、ユゲルに興味を持ちます。
手始めに、なぜ殺されたかったのかを聞くと、悲しい答えが返ってきました。
「俺は3,500年生きている。面白いことはひとつ残らずした…。だから死にたいくらい退屈なんだ。でも俺は不死身だから死ねない」
ユゲルの孤独に共感を覚えるシカク。彼女もまた、自分の行動を見て嫌な顔をする周囲に孤独を感じていたのです。
「お前も俺と同じだな。俺と同じかわいそうなやつだ」
その後、帰宅したシカクはユゲルのことが気になって仕方がありませんでした。
痛い思いをさせたのに、自分を許してくれたユゲル。両親も誰も許してくれないのに、ユゲルだけは許して、『自分と同じ』だといってくれたユゲル…。
シカクは正体不明の感情に、胸が高鳴り苦しみます。
恋煩い
後日、胸の苦しさがなくならないシカクは再びユゲルの元へ足を運びます。右目を失ったビルの警備員たちに銃を向けられて、いとも簡単に警備員たちを殺したシカクは、返り血を浴びた状態でユゲルを問い詰めました。
「私!ユゲルさんに会ってから夜も眠れないんです!胸も苦しいし食欲もないの!これが何なのか教えて!」
「風邪だね。病院に行きなさい」
疑うことを知らないシカクは、ユゲルからいわれたとおり、すぐさま病院に直行。一方のユゲルは『終わりが来ない退屈』で、死ねないのに死にそうな思いをしていました。
400年ぶりの笑顔
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
退屈しのぎに、ユゲルのメイドがテレビの電源を入れると、緊急ニュースが放送されていました。
画面に映るのは、病院を取り囲み武装を固める警察官たちの姿。
指名手配中のシカクが病院の窓を開けてテレビカメラに向かって叫びます。
「ユゲルさん!!見てますか!?風邪じゃありませんでした!!」
警察官たちから何発も発砲されながら、笑顔を浮かべてシカクは話し続けます。
「なぜ胸がこんなに苦しいのか聞いたの!そしたらお医者さんがいうの!私がユゲルさんに恋をしてるからだって!!私はかわいいので!!ユゲルさんは、とってもいい気分なんでしょうね!!」
状況と発言のトーンがあまりにもチグハグな光景に、ユゲルは大爆笑。
400年ぶりに笑わせてくれたシカクを気に入ったユゲルは、シカクを助けに向かうのでした。
好きだから殺す
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
大量の死体に囲まれてボロボロになったシカクは、病院まで駆けつけたユゲルを目の前にして血を吐き出します。
「…シカク…死ぬのか?」
か細く「ふぁい…」と返事をするシカク。簡単に死ねるシカクを羨むユゲルに対し、シカクは「死のうとしないで…」と話します。
「ユゲルさんは好きなので…私が…殺します…」
今にも死にかけているシカクから飛び出した発言に笑ったユゲルは、シカクと生きて退屈を紛らわせるため、吸血鬼の血を与えて生かすことにしました。
共に生きる
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
さらに病院へ突入してきた警察官たち。
ユゲルは弱ったシカクを抱き抱えると、警察官たちの攻撃をものともせず外へ向かって突進して病院を後にします。
そして200年後…。
ユゲルはシカクとともに、笑顔が絶えない楽しい生活を送っていました。
ユゲルの目の前には、シカクが生クリームとメレンゲを勘違いして作った、卵白たっぷりの『見た目は豪華なケーキ』があります。一口食べて、「まずいまずい」と大爆笑のユゲル。
失敗したケーキを食べられるのが不満なシカクはユゲルを止めますが、ユゲルはシカクの手を引いて「お前も一緒に食うんだ!」と誘います。
穏やかな笑顔を浮かべたシカクは、切り分けたケーキに1本のロウソクを灯してユゲルに声をかけました。
「ユゲル誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
その日は、ユゲルの3,700回目の誕生日でした。
『シカク』の考察・解説
『シカク』では、些細な出来事で人間の意識は変わり、人生を大きく変化させる様子が描かれていました。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
これまで、躊躇なくターゲットを殺したり、自分に害があると判断した者たちを痛めつけたりしていたシカク。他者の命に執着する瞬間は、ユゲルへの恋心を意識してからでした。
©︎藤本タツキ『藤本タツキ短編集17-21/シカク』より
一方、退屈だから死にたがっていたユゲルは、シカクへの興味や独占欲が芽生えて、これからの人生に楽しみを見つけます。
はたから見ると「そんなことで?」と思うようなことが、他人には大きな影響を与えていくのだということが目に見えて分かる展開ですよね。
もしかしたら、あなたの何気ない行動や発言が、誰かの人生を後押ししていることもあるかもしれません。
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